職人の時代
世界大不況の嵐の中、日本の存在感が日々失われて行きます。
三流の政治家と議論下手でおとなしい国民性。自己主張を嫌う従順な性格の中に欧米的権利意識が虫食い、故に、国民の意識は右へ左へとぶれて行きます。
私達が、自分たちのアイデンティティーを見失う時、亡国が始まります。
私は、この仕事を通じて、自らが職人であることを実感してきました。
しかし、かく言う私も、近代日本人がそうであったように、よりアカデミック(管理・指導的)なものに憧れ、職人(現場)を一段低いものとして捉えてきました。
例えば
・大企業と町工場
・一級建築士と大工
のように、一方はインテリジェンスに満ちた綺麗な仕事。もう一方は油と埃にまみれた単純労働の仕事...。
自分自身、何とイメージが貧困だったかと思い恥じ入ります。
昔から、日本人の仕事ぶりとは、職人の仕事のことではなかったのか。
誠実で実直、完璧を目指すものづくり、あるいはその意識を持って行うプロの仕事を職人と言うのではないだろうか。
日本人がクールな世界金融でリーダーになれるだろうか....。ドライなビジネスで世界の優となれるだろうか....。
世界の人々は日本企業の誠実なものづくりを賞賛したのであって、決して剛腕や利発さをほめたのではないと思う。
NHKのTVに、プロの仕事の真髄を紹介する『仕事の流儀』という番組がありますが、それは逆に、如何に現代日本にプロ(職人)がいなくなったかと言うことを表しています。昔はどの職場にも一流の職人がいて、それ故に社会の末端にまで日本人の誠実な仕事ぶりがあったのだと思います。
だからこそ、私は現場(臨床)の職人でありたい。
これからも、仕事(病気の治癒)を請け負う職人であり続けたいと願っています。
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